第175回 不沈船「栗橋」の活躍
現在、艦船を擬人化するジャンルのゲーム作品が人気を博していますが、本市に縁(ゆかり)のある船舶が、かつて存在しました。その名は雑役(ざつえき)船「栗橋」。日本海軍の船舶で、主に救難船として使用されたことから、ほとんど武装はありませんでした。
当船は、明治30年(1897)に北欧デンマークのヘルシンゴーにあった造船所で、スウェーデン船籍の救難船として造られ、ギリシャ神話の英雄「ヒラクリース(ヘラクレス)」と名付けられます。その後、日露戦争での沈没船引き揚げなどのために救難船が必要となったことから、明治38年(1905)に日本海軍の船舶として購入されました。
元々の名前が「ヒラクリース」であったことから、その名前をもじって「栗橋丸」と命名されました。同じ時期に救難船として海外から購入された船舶の「サルス」は、現在の山梨県大月市の地名から「猿橋丸(さるはしまる)」と名付けられています。ちなみに当船は、大正9年(1920)に「栗橋丸」から「栗橋」に改名されています。
日露戦争後も、遭難船の救援や食糧・燃料の補給、航路標識の設置や壊れた船を曳(ひ)くなど、地味ながらも縁の下の力持ちとして活躍します。第二次世界大戦中も沈むことなく、ほとんど無傷で生き残り、終戦後は復員輸送に携わり、その後は海上保安大学校の初代練習船となります。昭和29年(1954)に解役(かいえき)、昭和30年(1955)に広島県呉市で解体されました。
船齢(せんれい)57年の老朽船でしたが、福井静夫(ふくいしずお)著の『終戦と帝国艦艇』によれば「もしわが海軍における最殊勲艦(さいしゅくんかん)を幾隻か列記せよといわれれば~本船のみはただちにそれを挙げるに躊躇(ちゅうちょ)しない」と絶賛されています。
なお、令和7年(2025)に「栗橋」の精密な船舶模型が郷土資料館に寄贈されましたので、8月1日から資料館で展示いたします。
このページに関するお問い合わせ
教育部 文化振興課 文化財・歴史資料係
〒340-0295 久喜市鷲宮6丁目1番1号
電話:0480-58-1111 ファクス:0480-31-9550
お問い合わせは専用フォームをご利用ください。








