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第35回 市内唯一の歌舞伎絵馬(かぶきえま) 八幡神社(はちまんじんじゃ)歌舞伎絵馬

更新日:2016年3月23日

栗橋地区佐間にある八幡神社の歌舞伎絵馬には、野郎(やろう)歌舞伎風の踊りの絵が杉板8枚に描かれています。縦1.5メートル、横1.8メートルに達する大形絵馬で、左方の墨書から絵師は村上義勝(むらかみよしかつ)で、正徳6年(1716)丙申(ひのえさる)3月に奉納されたことが分かります。

歌舞伎の元祖は、慶長8年(1603)に北野天満宮で興行を行い、京都で評判となった出雲阿国(いずものおくに)といわれています。阿国が評判になると多くの模倣者が現れ、遊女が演じる女歌舞伎や前髪のある少年役者が演じる若衆(わかしゅ)歌舞伎が行われていましたが、風紀を乱すとの理由から、女歌舞伎は寛永6年(1629)に禁止され、承応元年(1652)には若衆歌舞伎も禁止されました。その後、現代につながる野郎歌舞伎が普及します。絵馬が奉納された正徳6年ごろには、野郎歌舞伎が盛んに行われていたようです。

この絵馬はその当時の様子をよく表し、絵画としても巧みな鉄線描(てっせんびょう)(一様の太さ、一定の速度で運筆された針金のような弾力性のある描線)の輪郭に着色の具合も舞手の顔や姿をできるだけ変化させて描かれています。

当時の風俗画として、また演劇の資料としても貴重なものです。

また、この八幡神社には指定文化財ではありませんが、「加藤清正(かとうきよまさ)虎退治」(1843)、「三重塔(さんじゅうのとう)」(1848)、「神功皇后三韓征伐(じんぐうこうごうさんかんとうばつ)」(1861)、「ひよどり越」(1871)、「八幡太郎勿来(はちまんたろうなこそ)の関」(1877)、「天(あま)の岩戸(いわと)」(1877)、「神功皇后」(1895)などの絵馬があります。

写真 八幡神社(はちまんじんじゃ)歌舞伎絵馬
八幡神社歌舞伎絵馬

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