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第33回 単信上人(たんしんしょうにん)の祈りが込められた六角名号塔(ろっかくみょうごうとう)

更新日:2018年7月25日

日光道中の宿場町として栄えた旧栗橋宿には、栗橋の開墾者とゆかりのある深廣寺(じんこうじ)(栗橋東3丁目)があります。

深廣寺は、無涯山単信院(むがいさんたんしんいん)深廣寺と号する浄土宗の名刹(めいさつ)です。元和元年(1615)下総国(しもうさのくに)栗橋村(現茨城県猿島郡(さしまぐん)五霞町元栗橋)から村民を引き連れ、後の栗橋宿となる上河辺新田(かみかわべしんでん)を開墾した並木五郎平(なみきごろべい)が開基し、無涯閑栄上人(むがいかんえいしょうにん)が開山しました。この深廣寺の境内には、2代目住職の単信上人が建立した市指定文化財「六角名号塔」があります。

単信上人は上野国(こうずけのくに)(現群馬県)に生まれ、菩提寺の大蓮寺(だいれんじ)で仏門に入りました。芝増上寺(しばぞうじょうじ)で修行した後、慶安2年(1649)飯沼(現茨城県常総市)の弘経寺(ぐぎょうじ)から深廣寺の住職に迎えられ、多くの信者に慕われました。

六角名号塔は、単信上人が三界に迷う衆生(しゅじょう)の得脱(とくだつ)を願い、また近郷の村々の豊作と繁栄を祈り、承応3年(1654)から明暦2年(1657)までにかけて建立した千人供養塔です。この供養塔は高さが約3.6mあり、6面に「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」の6文字が刻まれています。

伝承では、単信上人が幕府の許可を得て石工とともに伊豆に渡り、21基の供養塔を刻んで船で運ぼうとしたところ、上人らを乗せた船は嵐に遭い沈没寸前となりました。上人はこれを供養塔を欲しがる龍神の仕業と考え、1基を水中に投じて龍神を鎮めました。利根川を舟でさかのぼり、無事に栗橋まで辿り着いた上人は20基の供養塔を建立したとされます。

その後、9代目の法信上人(ほうしんしょうにん)によって供養塔1基が建立され、現在は21基となっています。供養塔の基礎部分には「武蔵国(むさしのくに)新栗橋」と彫られているものが7基あり、新栗橋(上河辺新田)が開墾された時代を偲(しの)ばせるものとなっています。

写真 六角名号塔(ろっかくみょうごうとう)
六角名号塔

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