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第28回 円空晩年の傑作 木造不動明王坐像(もくぞうふどうみょうおうざぞう)

更新日:2016年3月23日

江戸時代初期の遊行僧(ゆぎょうそう)・円空(えんくう)は、各地の霊山を巡り、生涯で12万体の仏像を彫ったと伝えられています。

寛永9年(1632)に美濃国(みののくに)(現在の岐阜県)で生まれた円空は、23歳の時に寺を出奔(しゅっぽん)し、30歳を過ぎてから仏像を彫り始めるまで、その前半生は謎とされています。

円空は木を割った断面や鑿跡(のみあと)を生かした仏像を数多く残しています。木の生命力を感じさせる素朴な円空の仏像は、「円空仏(えんくうぶつ)」と呼ばれ、今でも人々の心を惹きつけます。

円空仏は北海道から近畿地方まで、各地に残されており、埼玉県内でも多くの円空仏が確認されています。特に県東部に集中していることから、円空が日光へ向かう途中で、円空仏を残していったのではないかと考えられています。

久喜市内に残る円空仏の一つに、菖蒲町河原井の幸福寺に伝わる市指定文化財「木造不動明王坐像」があります。

この不動明王坐像は、不動明王が岩座(いわざ)に座す姿を現したもので、樹齢35年程の杉の丸太材を縦半割りにし、その断面に彫刻を施したものです。像の背面は樹皮を剥いだ木肌をそのままに、底面には鋸(のこぎり)の跡が残されています。

像は、総高65・3センチメートルで、肩からかかった条帛(じょうはく)と裳(も)をまとい、右手に魔を退散させ人々の煩悩(ぼんのう)を断ち切る宝剣(ほうけん)、左手に煩悩から抜け出せない人々を縛り上げて救う羂索(けんさく)を掴んでいます。上下の歯牙(しが)をあらわにし、忿怒(ふんぬ)の顔をした不動明王坐像ですが、恐ろしい姿のなかにも、どことなく優しい印象を受けます。

この像は技法からみて、円空晩年の作品と考えられ、天和・貞享から亡くなる元禄8年の間(1681~1695)の作とされています。

現在、不動明王坐像は郷土資料館に寄託されており、常設展示室にてレプリカをご覧になることができます。

写真 木造不動明王坐像(もくぞうふどうみょうおうざぞう)
木造不動明王坐像

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