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第93回 日本初の林学博士(りんがくはくし) 本多静六(ほんだせいろく)が通った河原井学校

更新日:2019年7月30日

 本多静六は、慶応2年(1866)に現在の菖蒲町河原井(かわはらい)に折原家の六男として生まれました。苦学の末に東京山林学校(現在の東京大学農学部)に進学した後、元幕臣(ばくしん)の本多家の婿(むこ)養子となり、ドイツ留学も果たしました。その後、日本初の林学博士として、日本林学の礎(いしずえ)を築きました。今回は本多静六が通った河原井学校についてご紹介します。
 本多静六が初めて通った学校は、現在の菖蒲町河原井にある幸福寺です。明治5年(1872)に学制が公布され、幸福寺には河原井学校が設置されました。本堂が小学校の教室としてあてがわれ、学ぶことは主に漢学でした。初めのころ静六少年は勉強をせず、本堂を遊び場にしていました。また、幸福寺にあるサイカチの木に登って、カケスの巣を壊そうと企んだところ、木から落ちて大けがをしたこともありました。この際、静六少年は幸福寺の和尚(おしょう)に厳しく叱られ、「親が子を思う気持ちは鳥も人も同じであり、親に心配をかけてはいけない」という教えを胸に刻んだといいます。
 河原井学校は明治9年(1876)に、現在の菖蒲町台(だい)に移り、台学校、三箇尋常(さんがじんじょう)高等小学校などの校名に改称しながら、平成22年の市町合併により、現在の久喜市立三箇小学校となります。三箇小学校では、本多静六について学習できる本多静六博士資料室を設け、本多静六に関する道徳教材を使って授業を行うなど、独自教育を展開しています。その成果が認められ、平成29年には埼玉県から本多静六賞特別賞を受賞しています。
 本多静六記念館では、河原井学校の当時の校札を展示中です。ぜひお越しになって、本多静六の学(まな)び舎(や)に思いを馳(は)せてみてはいかがですか。


幸福寺(こうふくじ)

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