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第137回 久喜市に残る中村不折(なかむらふせつ)の足跡

更新日:2024年4月1日

問い合わせ先:文化振興課文化財・歴史資料係

 皆さんは中村不折という画家・書家をご存じでしょうか。中村不折は慶応(けいおう)2年(1866)に生まれ、明治時代を中心に活躍した新聞挿絵(さしえ)の先駆者(せんくしゃ)で、夏目漱石(なつめそうせき)の『吾輩(わがはい)ハ猫デアル』初版の挿絵を担当したことで有名です。また、中国の南北朝時代の書体を研究し、新宿中村屋のロゴを作成するなど、書家としても有名だった不折ですが、実は久喜には不折の書がいくつか残されています。
 市内で確認されている最も古い不折の書は、大正7年(1918)に書かれた菖蒲小学校の扁額(へんがく)です。これは同年に菖蒲小学校が新校舎を落成した記念に揮毫(きごう)を受けたものと推測され、不折の特徴的な隷書体(れいしょたい)で「菖蒲黌(こう)」と書かれた木製の扁額は、今でも来客用の玄関に掲げられており、校長室にはそのもととなった書も額装されて飾られています。ちなみに「黌」は「校」と同じ意味で、「学び舎」のことです。
 また、不折は昭和7年(1932)、鷲宮神社の社殿修復の記念として、社号を書いた書を鷲宮神社に贈っており、翌年11月19日にはジャーナリストの徳富蘇峰(とくとみそほう)とともに鷲宮神社を参拝しています。これは徳富蘇峰の側近であった相澤煕(あいざわひろし)が葛梅(くずめ)村(現久喜市葛梅)の生まれであり、愛着のあった地元・鷲宮神社に徳富蘇峰を招いた際、親交のあった不折もそれに同伴したものと考えられています。参拝時、不折は鷲宮神社の新しい芳名録(ほうめいろく)の表紙と入れ物の木箱に「芳名録」の字を揮毫しています。その後、昭和13年(1938)4月には、昭和7年の書をもとにした鷲宮神社社号標(しゃごうひょう)が神社の門前の道沿いに建てられました。社号標は現在もその姿を見ることができます。
 このほかにも、不折は久喜中央一丁目の愛宕(あたご)神社や本町六丁目の千勝(ちかつ)神社、菖蒲町菖蒲の菖蒲神社、中妻の千勝神社などの社号標も揮毫しています。これらの趣のある不折の書をぜひ現地でご覧ください。


鷲宮神社 社号標

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〒340-0295 久喜市鷲宮6丁目1番1号
電話:0480-58-1111 Eメール:bunka@city.kuki.lg.jp
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