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市指定 梅澤太郎右衛門の墓

更新日:2017年12月4日

梅澤太郎右衛門の墓(うめざわたろうえもんのはか)

種別

史跡

指定年月日

昭和56年6月12日

所在地

久喜市栗橋東3丁目8番15号

所有者(管理者)

浄信寺

概要

 梅澤氏の祖先は菅原氏とされ、戦国時代には北条氏の客臣となり、塚原氏と改め太郎則武と名乗りました。小田原城落城の後は相模国梅沢村に住み、姓を梅澤氏と改めました。その子太郎右衛門の時、慶長5年(1600)に栗橋(粟餅下)に移住し、開墾に従事しました。

 元和8年(1622)4月、徳川2代将軍秀忠の日光東照宮社参の際、暴風雨のため利根川が満水となり、将軍の渡る船橋が危なくなりました。太郎右衛門は人夫を率いて水中に入り、命がけでこの橋を守り、災難を救いました。秀忠はこれを賞して、関東郡代伊奈半十郎忠治を通じて貞宗の名刀・金地に日の丸の軍扇及びお墨付きを与えました。その際に梅澤氏は、名字帯刀を許されたといいます。

写真 梅澤太郎右衛門の墓
梅澤太郎右衛門の墓

『広報くき』連載「久喜歴史だより」

参考文献

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