このページの先頭ですサイトメニューここから
サイトメニューここまで

本文ここから

酒井園実さんロングインタビュー

更新日:2021年7月7日

今回は、東京2020オリンピック聖火リレーのランナーを務める久喜市在住のパラアスリート酒井園実さん(陸上・走幅跳<はしりはばとび>)に、聖火リレーへの意気込みや競技のことなどについて伺いました。

(インタビュー実施日 令和3年6月4日)


 

大切な聖火を無事届けたい

―― 今回、東京2020オリンピック聖火リレーで聖火ランナーを務められるということですが、どんな思いで参加されるのでしょうか。

酒井さん 今、コロナが流行している状況で、聖火リレーをやっていいのかいけないのか。複雑な思いなんですけれど、やるのであれば、大切な聖火を無事届けたいなっていう気持ちが強くあります。

 インスタグラムで聖火リレーを走っているところが見られるのでそれを見ているんですけれど、昔の東京オリンピックがあったときの人が走っていて、途中泣いていたんです。それを見て、あー、すごいなと思って。聖火にはいろいろな人の思いがこもっていることを実感して感動しました。

パラ走幅跳という競技

―― 酒井さんは走幅跳という種目に取り組まれているわけですが、その魅力、一番いいなと思うところはどこですか。

酒井さん 走幅跳は、スピードとジャンプの角度によって距離が決まるので、自分はその調整をするのがすごく楽しいなと思っています。

―― 逆に、ここまで競技を続けてこられて、大変だったこと、それと、そういうことがあっても、続けられた理由っていうのがもしあれば教えて欲しいんですが。

酒井さん 競技に関しては、このスピードでこの高さに行けばいけるっていうのはわかってるんですけど、知的障がいがあるので、そのために体をどう動かせばいいかということを言葉で理解するのがなかなか難しくて。母が、こうすればいいんじゃないのっていうんですけど、それを自分でちゃんと理解できるかっていうのが、やっぱり難しいなというのがありますね。

なので、母に動画を撮ってもらって、今どうやって走ってるかというのを、走り終わった後一緒に見ると、「ここで詰まってるね」とか、「ここの、踏み切りの足のところがダメだよね」っていうのがわかるので、そうやってずっと練習してきています。 

―― 私はかなりの運動音痴なんですが、私の場合口で言われていることは意味が分かるんですが、それを体の動きに変えることができないんです。中には、先生が見本を見せるとその通りに動ける人がいますが、私はそれができなくて、できる人をうらやましいと思っていました。

酒井さん 私の場合は逆で、先生がこうやるんだよって見本を見せてくれると、「あ、そいういうことか」とまねができるんですけれど、言葉だけでバーッと言われてもわからない。だから、結局動画を見て、ここがこうだっていうことがわかる。言葉で言ったらきっとわからないんですよね。

たとえば、走ってみて、「ちょっとファウルしちゃってるから、もう少し踏み切りの位置を下げてみようか」と言われますよね。私が「どのぐらい下げますか」と聞いたとき、「10センチ」とか言われても、全然わからない。だから、例えば「靴1個分」とか。「下げる」というのも、初めはどちら側に動くことなのかわからなかったので、「こちら側だよ」と言われると、自分で調節できるようになってきました。そういうことを何度も何度も繰り返してここまで来ているのです。

―― なるほど、様々な工夫を重ねて練習をされているんですね。

障がいが理解される環境がとても大切

―― それから、酒井さんは、フルタイムでお仕事もこなされていますね。仕事と競技の両立も大変だと思いますが、その面での難しさというのは。

酒井さん 大会があるので、長いお休みが必要なのですが、仕事と陸上を両立するのはやはり大変だなと思います。高校生の時は部活もあったんでできたんですけれど、社会人になってからの練習がすごく難しいなと思いましたね。

夕方の4時までに仕事して、そこから競技場に行くということを考えると、やっぱり十分な練習時間の確保は難しいなと思います。

しかし、家族の協力もあったり、会社がすごく理解してくれるところなので続けられているのかな、と思います。そこはもう感謝しかないですね。

―― 会社の方もすごく情報発信されてますよね。

酒井さん この間、会社のビデオに出演させていただきましたし、インスタグラムにも載せてもらいました。YouTubeの方にもアップされるので見てください。

―― あと、あれは社内報みたいなものなんですかね。そういったものに取り上げられてホームページにアップされているのも拝見しました。

酒井さん ブランディング動画というか、会社の中でそういう宣言みたいなものをしていて、特に障がいのある人たちをすごく大切にしてくれる会社なんです。障がいがあっても仕事を続けている人たちがたくさんいますし、それこそ、海外とかだと、2週間とか、長いお休みをいただいてしまうんですけども、復帰した時に仕事がきちんとつながるように、皆さんが協力をしてくださるので、本当に会社の皆さんには助けられています。

―― 壮行会の様子が会社のホームページに出てましたよ。 

酒井さん あれは、会社でお昼を食べていたら上司に「ちょっとおいで」と呼ばれて、「この後時間ある?」と言われて、「何だろう、私怒られるのかな?怖いな」と思って(笑)。扉を開けて中に入った瞬間、同僚のみんなから「おめでとう!」と言われて、「えっ!?何だこれ」って(笑)。2018年の(インドネシア・ジャカルタで開かれた)アジアパラ競技大会に出場が決まってその壮行会ということだったんですね。社長の言葉も書いてあって、皆さんわざわざお昼時間を割いて開いてくださって。その時は、これはもう絶対メダルを持って帰らなければだめだと思いましたね。

―― それで、銅メダル?

酒井さん はい、その時に5メートルを超えて。知的障害で5メートルを超えるのは日本人女子では私が初めてだったので、もうすごいうれしくて。試合が終わった後に、母のところに行ってギャン泣きでした(笑)。

―― いろんな思いが詰まった特別な銅メダルだったんですね。素敵なお話です。

会社も障がいを持つ方に理解のある素晴らしい環境ですよね。

酒井さん 知的障がいの方って、障がいを持ってることとか、自分からはあんまり言わないんですよね。私も、小学校と中学校は普通の学校だったんですけど、友達には、信用してる子には言ってたんですけど、ほかの子にはあんまり言ってなかったんですよね、知的障がいを持っているんだということを。

でも、高校生になってから、みんな同じ知的障害の子たちがいっぱいいたんで、「ああ、別に恥ずかしくないんだな」って。私は普段しゃべってる方でも、私が知的障がいを持ってるんですっていうのを伝えると、「えっ?どこが?」と言われるんですが、でも今は全然恥ずかしくないですね。もっと自分から言った方がいいよ、と。身体障がいの方って見た目ですぐわかる場合もあるじゃないですか。でも、知的障がいって見た目ではわからないところがある。もっと、知的障がいのことをいっぱい知ってほしいな、というのはすごく思いますね。

―― 周りの理解も必要ですよね。環境が整えば自分が障がいを持っているということも話しやすくなると思うし、そうするとサポートも受けやすくなると思いますよね。

単純に、みんな障がいを持っている人に接したことがないか、慣れていないだけというか。どういうふうにサポートしたらいいかもわからないので、不安を呼んでしまって変なことになるかもしれないんですけど、でもそれは、慣れてない、知識も足りないとか、そういうことがたぶん原因だと。

酒井さん そうですね。だから、みんなに知ってほしいというのがありますね。知的障がいを持っている子が、陸上でこんなふうに頑張っているんだよ、というのを、もっともっと知ってほしいというのはありますね。

―― 取材やこのような記事がそのきっかけの1つになったらいいなと思います。

体づくりはとても大変!

――話は変わりますが、トレーニング上、体を作るという意味での食生活で特に気をつけていることはありますか。

酒井さん 体重が増えないように、ということです(笑)。

私が初めて強化合宿に参加した時に監督に言われたのが、「お前はやせればいい」と(笑)。ほかの選手は、「もっとスピードつけろ」とか「体力つけろ」とか言われていましたけれど、私は初めて監督に会った瞬間に「やせろ。お前はそれだけだ」と(笑)。「はい」といいましたけれど。それ以来、その監督と合宿で顔を合わせるたびに「今何キロ?」「○○キロです」「うん、もっとやせよう」と。ずうっとそれしか言われていません(笑)。なので、毎朝体重は測っています。誘惑が多いので大変ですが、競技をやっている人たちはみんなそうなので。

―― まあたしかに、「跳ぶ」競技ですからね。

酒井さん 当然「軽い方がいいな」と自分でも思うんですが、食べたいものが・・誘惑が多くて(笑)。

―― ・・・やっぱり、食べるのは好きですか?

酒井さん 好きです(笑)。本当にもう、食べることは大好きです。

―― 特に好物ってなにかありますか?

酒井さん サーモンが好きです。母が作ってくれるルイベがとてもおいしいんです。あとは甘いものが好きなので、ゼロカロリーのお砂糖を使ったものとか、お米もよくかむように玄米を使うとか、母が色々工夫をしてくれています。

 試合まではそれで我慢して、いい成績をとったら、ご褒美に何か一つ食べてもいいよ、という感じで。

―― 楽しい食生活というのも大切ですよね。

酒井さん 平日は仕事が終わって久喜まで戻ってきて、駅前のジムでトレーニングしてから帰るので、帰宅が午後11時ごろになるんです。そこから食べてしまうと体重が増えてしまうので、朝にしっかりとした食事をすることが多いです。

―― なるほど、そのような工夫をしているわけですね。

先ほども出ましたが、競技をする時間が少ないところで大変だとは思いますが、どのように時間を確保してどんな練習をしているか、教えてください。

酒井さん 自分で予定を立てて、平日は先ほども言った久喜のジムでトレーニングをし、土日はなるべく競技場に母と2人で行っています。あと他に、パーソナル(個人レッスン)でも練習をしています。今東京と、三郷で、それぞれ2人の先生に見ていただいています。東京の方は、体幹トレーニングがいっぱいある感じのメニューで、私は下半身に比べて上半身が弱いので、上半身を強くするためのパーソナルレッスンを、月2回ぐらい、80分ほど練習させていただいています。もう1人の三郷で見ていただいてる先生は、今も現役で走幅跳をされている方なんですけれど、そこで月に1回、2時間見ていただいています。

―― 走幅跳という競技も上半身の力が重要なんですか。

酒井さん 重要ですね。それがしっかりしていないと、助走の時に体がブレて、ロスが生じます。100メートル走の桐生さんなどの走りを見ても体幹トレーニングをしっかりやっているので体が全くブレていませんが、私はそこがまだまだなのです。それをぶれないように、どうにか、股関節回りなどを動かして走ったりしたりとか、どこの筋力を強くしたらいいかとか、そういうことを教わっています。

自分は今懸垂をやっているんですが、最初は本当に全然できなくて、それが2年通って、今は5回ぐらいはできるようになりました。後はジムでも懸垂をやりますし、ウエートトレーニングもやって。スクワットも50キログラムができるようになりました。本当は自分の体重の2倍を上げた方がいいといわれているんですけれど。そのようにして上半身のトレーニングを続けてきたのですが、これを走幅跳の競技にどうつなげるかというのが課題です。

新型コロナウイルス感染症が競技に与えた影響

―― 新型コロナウイルス感染症が流行し始めて1年ちょっとというところですが、コロナが流行し始めてから、どのように変わったか、影響を受けたかっていうところをお伺いします。

酒井さん 仕事はできたので、仕事へ行って帰ってきて、走ったりとかはしていたのですが、競技場が一切使えなかったので、正直競技に向かう気持ちがあまり上がらなかったです。大会も全部つぶれてしまって。大会があると自分的にはすごく気持ちが上がるんですよ。でもやっぱり大会が全部中止とか延期となってしまうと、気持ちがついていけないというか。その気持ちの滅入るのがすごい大変だったんです。今は競技場が使えるのでいいんですが、使えないときは気持ちが上がらなかったですね。

2020年になって、最初にまず行くはずだったドバイの大会が1週間前に中止になり、そこから国内の大会も8月まで全部中止になってしまったんです。6月にやっと久喜のジムが使えるようになって、それから競技場が夏には使えるようになって、9月に日本パラ(陸上競技選手権大会)が熊谷であったんで、そこからやっと大会ができるようになったんです。

―― なるほど。それでは、2020年の1月から9月ぐらいまでが、ちょっとモチベーション的には。

酒井さん 本当に上がらなくて。

今年も本当は北海道で全日本パラがあったんですけれど、まん延防止のため中止ということになってしまって。7月も全部なくなって。大会は今のところ9月までないので、ちょっと基本、気分的に上がらなくて、山口光男さんという陸上の知的障がい者クラスの方で、リオパラリンピックにも出場されている知的障がい者クラスの中でもレベルの高い方なのですが、その方と連絡を取ったりして相談に乗ってもらっています。今やっと気分的には治りましたね。

―― やはりこういう状況だと、ペースはつかみにくいですよね。

酒井さん 目指してきた大会がなくなった瞬間に、何かここまでやってたのが・・・と思って気分が上がらなくなりますよね。

―― 大変でしたね。

パラリンピックは大きな目標。パリを目指します!

―― パラリンピックについて、パラリンピックというものを目指して、よかったこととか、自分自身何かこう変わったことがあるとか、そういうものがあったら教えていただきたのですが。

酒井さん 私はパラリンピックを目指していたのですが、諦めないというのは、自分でもすごく強かったんですね。

パラリンピックに出るためには、いろいろなことクリアしないといけなくて。やっぱり、昨年の時点で標準記録を超えていなくて、複雑な思いもあったんですけど、母と話して、2人で最後まで頑張ろうって言って。諦めない、途中で投げ出さない。最後まできちんとやれることはやろうっていうことで、それが今回一番強かった。自分自身、東京パラリンピックには出たかったんですけど、やっぱり標準記録が高いというのがあるので。私は今世界ランキングが20位なんですけど、東京に出るためには、世界ランキング6位までに入らないといけないんですが、6位の方がもう5メートル50とか、高いんですよ。難しい。

ただ、1位の方が6メートル21で、世界新記録を持っている方なんですけど。

―― ポーランドの方ですね。

酒井さん そうです。その方が、今30歳を超えていて、年齢的には高い方なんですけど、やっていらっしゃるというのもあるので。だから、諦めずに最後まで頑張ろうというのはありましたね。

家族もそうですが、会社の同僚や社長なども、いつも気にかけてくれたり、いい成績を収めたときは喜んでくれたりと、応援してくれていますし、クッキーズに掲載された時も、友人や全く知らない人から「見たよ!」と声をかけられたりして、そのような皆さんの応援が力になっています。それは私にとってとても大切なことだったので、それなのに簡単に投げ出してしまうのはどうかなというのがあって。なので、試合でいい結果が出なくても、そこで自分で切り替えることができて。引きずらないというか。また次の目標に向かっていこうと。

 だから、今回東京は出ることができないけれど、それはもう仕方がない。次の大会があるから、それに向けて頑張ろうという気持ちになれています。

―― なるほど。素晴らしいですね。やっぱり周りの方の応援なども、諦めないということの土台にあるんですね。

次に、今後の目標については、どんなことをお考えですか。

酒井さん 今回、東京パラリンピックの基準には届かなくて、悔しい気持ちと、たくさんの方が応援してくれていたので、申し訳ないという気持ちがすごくありますね。でももうそれは仕方がないので、パリパラリンピックの前に、2022年8月に神戸で世界パラがあるので、そこに向けて頑張ろうと思っています。

まだ世界パラに出たこともないので、出たい気持ちがあります。前回のドバイの世界パラは記録が基準に足りなくて出ることができなかったので、テレビで「いいなあ」と思いながらずっと見ていたんです。なので、今度こそは出たい。日本で開催されるということもありますし。

―― なるほど。で、その2年後にパリパラリンピックというのがある。

酒井さん そうですね。非常に高い目標ですが、たぶん年齢的にパラリンピックに挑戦できるのはパリが最後だと思うので、頑張りたいと思います。

―― 記録的な目標はありますか。

酒井さん 今、私の持っている日本記録が5メートル13(取材時)で、次に目指しているのが、アジア新記録の5メートル27で、今マレーシアの人が持っているんですけれど、それを塗り替えたいなって。まずはそこだなと。まず、自分の持っている日本新を更新して、アジア新を更新して、それから先もちょっとずつ上げていこうと思っているので。

以前はあまり気にしていなかったのですが、一気に目標のレベルを上げてしまうと厳しい段階にまで到達しているので。5メートルを飛ぶのに3年かかりましたから。

―― なるほど、先ほどのギャン泣きにも3年分の思いがこもっていたわけですね。私たちも酒井さんのアジア新記録をみたいです。ぜひ頑張ってください。

スポーツ好きな子どもたちへ

―― 最後になりますが、新型コロナウイルス感染症が流行して、なかなか運動が続けにくい環境でもありますが、障がいのあるなしに関わらず本当にスポーツが好きな子はたくさんいると思うし、とりわけ障がいのあるお子さんにとってはなおさら酒井さんの存在ってとても大きいと思うんです。そこで、スポーツが好きな子供たちに向けて、何かメッセージがあったらお願いします。

酒井さん 自分で好きなスポーツを続けて頑張ってほしいですね。勉強とか、大変なこともあると思うんですけど、続けると絶対いいことがある。それが大切なんじゃないのかな。続けていくと良いことも悪いこともあるんですけど、ずっと続けていくってことですかね。

障がいがあっても、持ち味というか、できるものとかやっぱりあるじゃないですか。なので、障がいを持っていても諦めてしまうんじゃなくて、できることを見つけて、続けて欲しいですね。初めできなかったことも、ちょっとずつですけど、時間をかけてできるようになっていくっていうことがありますので。時間がかかることがいっぱいあると思うんですけれど、ちょっとずつ諦めずに頑張ってほしいかな。

コツコツ、コツコツやっていれば絶対できると思うので。諦めないでほしいなって思います。

―― 素敵なお話、ありがとうございました。

酒井園実さん

久喜市出身。中学生の時に発達障がいの一種である注意欠陥・多動性障がい(ADHD)との診断を受ける。高校生から走り幅跳びを始め、2018年にジャカルタで開催されたアジアパラ競技大会では、知的障がいT20クラスで5m02cmを記録し銅メダル。2019年順天堂大学陸上記録会で現在公認の日本記録となる5m13cmを跳躍、2021年6月の日本体育大学陸上競技会で5m14cmを跳躍し自らの日本記録を更新。現在T20クラスの日本記録保持者。

広報くき7月号
広報くき令和3年7月号にも酒井さんのインタビューが掲載されています!

NHKライブストリーミング
酒井さんの走る聖火リレーは、インターネットライブ中継で。

このページに関するお問い合わせ

教育部 スポーツ振興課
〒340-0295 久喜市鷲宮6丁目1番1号 ※令和3年5月6日(木曜日)から鷲宮総合支所に移転しました
電話:0480-58-1111 Eメール:sportsshinko@city.kuki.lg.jp
メール送信フォームを利用する

スポーツで、あたらしい毎日を。

本文ここまで


以下フッターです。
〒346-8501 埼玉県久喜市下早見85番地の3
電話:0480-22-1111(代表)
ファックス:0480-22-3319
開庁時間:8時30分から17時15分まで
閉庁日:土曜日、日曜日、祝日、年末年始