
| 種別 | 名称 | 指定年月日 | 所在地 | 所有者(管理者) |
|---|---|---|---|---|
| 絵画 | 絹本着色足利政氏像 | 昭和51年3月30日 | 本町7-2-18 | 甘棠院(埼玉県立歴史と民俗の博物館) |
| 絵画 | 絹本着色如意輪観音像 | 平成6年3月16日 | 菖蒲町菖蒲655 | 吉祥院 |
| 絵画 | 絹本着色地蔵菩薩像 | 平成6年3月16日 | 菖蒲町菖蒲655 | 吉祥院 |
| 絵画 | 絹本着色五大尊像 | 平成6年3月16日 | 菖蒲町菖蒲655 | 吉祥院 |
古河公方第2代の足利政氏像で、縦107.5センチメートル・横52.7センチメートル、椅子に坐った僧の全身像で軸装(掛軸)になっています。賛(人や物をほめる文)によると、鎌倉建長寺の住職玉隠英□(※)が、永正18(1521)年に寿像(生きているうちに作っておく記念の像)を依頼されたとあり、絵もこの年に描かれたものと思われます。古河公方5代のうち肖像画が残る唯一のものです。
※玉偏に興。
六臂の如意輪観音像で、月輪中宝冠・光背を頂き、岩上の蓮華座に半跏坐しています。如意輪観音はいわゆる観音変化の一つで、如意宝珠と宝輪を持ち、一切衆生の願いを聞くとして古来より広く信仰されてきました。
描写は、金肉身に切金の衣文線、岩は墨皴に金泥線を交えて表しています。これらは、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての特色を良くあらわしています。
画面の上端を補絹していますが、埼玉県内でも数少ない中世仏教絵画の遺品であり、本来数珠を持つべき右第三手を垂下するだけとしている点は流布像と異なっています。

乗雲来迎するいわゆる地蔵来迎のさまを表したものです。地蔵菩薩は、無仏の世に出現して衆生を導くといわれ、広く信仰を受けています。特に地獄に墜ちた亡者は地蔵によってのみ救われるとされています。
制作の年代は鎌倉時代末期頃と考えられ、描写は繊細巧緻な技巧によっています。光明は金切金線に銀泥を添えて引き、双蓮華は金切金線で巌飾するなど県内では数少ない中世の仏教絵画の遺品です。上方に補絹がみられますが、保存は良好です。

中央に不動明王を配し、下辺向かって右に降三世明王、左に軍荼利明王、上辺左に大威徳明王、右に金剛夜叉明王をそれぞれ同じ大きさで描いています。
一般に画像では、各明王を一幅づつそれぞれ描き、五幅揃いとする例が多くみられます。本図のように五大尊像を一幅に収めた画像は比較的少なく、県内でも数少ない遺品として貴重なものです。制作の年代は、描写からみて鎌倉時代末期に遡り、後世に一部手が加わったところもありますが、保存状態は比較的良好です。

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